2009年10月29日木曜日
力の限り賛美する
2005年インドでのことです。
村の教会では、終わることのない神への賛美が捧げられていました。
彼らの賛美は、いつも力強いのですが、この日は地響きのようでした。
この頃、インドの3人の牧師が連続して殺される事件がありました。
計画的な卑劣で残忍なその手口が、現地の新聞で報道されました。
一人の日本人が、彼らに「このニュースを知っているのか?」と尋ねました。
あるインド人牧師はこう答えました。
「ああ、知っているよ。今度は自分の番かもね。」
日本人は、その返答に言葉を失いました。
インド人は続けて、
「だから、今日が最後になっても良いように、力の限り主イエスを賛美するんだ!」
額に流れる汗を、ぬぐおうともせず、目を輝かせてこう言ったのです。
あなたが、賛美を捧げる動機は何でしょうか?
祈りが答えられたから、日曜日だから、それとも義務感からでしょうか。
いいえ、私たちの罪のためにほふられた主イエスは、賛美と栄光を受けるにふさわしい救い主だからです。
黙示録5章12~13節
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