2018年8月28日火曜日

つながる喜び




思いかけず初めて会ったデビット牧師と詩篇110チーム。神戸と京都、大阪の教会が、ただ、主の栄光のためにつながりました。この世にはない、神の国の喜びです。

エペソ人への手紙4章3節

2018年8月23日木曜日

貧しいが豊か3




欧米や日本を含む経済大国は、目に見える豊かさがあります。しかし、霊の世界ではどうでしょう? 南アジアや南アフリカなどの貧しい国では、いやしや奇跡が数多く起こります。

つまり、目に見えない領域では、これらの国の方が豊かと言えます。

主は真実であり、恵み深い御方です。

申命記32章4節

2018年8月19日日曜日

貧しいが豊か2




2011年東日本大震災後の出来事です。海外宣教に行った時、日本では考えられない程の貧しい人たちの教会に行きました。礼拝後に献金を集めて、僕の手に置きました。「日本から見たらわずかな額かも知れません。今、自分たちが出来る精一杯の献金です。」彼らには、被災地の仮設住宅ですら、うらやましいほどの貧しさです。けれども、その捧げものは、とても重く、胸を打たれました。彼らこそ、貧しいけれど豊かな者たちです。

マルコの福音書12章42~44節

2018年8月17日金曜日

インド独立記念日



8月15日は、インド独立記念日です。植民地時代、地球の25%はイギリスのものでした。

今も、その傷跡は残り続けています。彼らは、それを決して忘れることがありません。白人を表すイメージは、今も野蛮人や人でなし等です。

モーセの時代、イスラエルはエジプトの奴隷でした。そこから出エジプトした、過越しの祭(ペサハ)は、とても重要なものです。この祭りは、出エジプト記から黙示録へと続いて行きます。

クリスチャンは、神の国へと向かう旅路の中で、罪と死の奴隷から解放されたことをいつも感謝し続けます。振り返ると、そこには、神の恵みが見えるからです。

エズラ記6章19~20節

2018年8月14日火曜日

インドネシアの母




インドネシアの偉大なお母さんが、天に召されました。今年5月に、手を置き祈ったのが最後でした。「次に、来る時は、私の別荘に泊まりなさい」これが、最後にかけてくれた言葉でした。天国でお会いすることを楽しみにしています。安らかにお休みください。

箴言3章24節

2018年8月13日月曜日

貧しいが豊か




南アジアは、最貧困層の人が多くいます。しかし、農村部に行くと、道端にはパパイヤ、グアバ、ざくろ、アップルカスタードの木が並んでいます。誰も手入れしていないのですが、季節には完熟した生マンゴーも食べることができます。経済大国である日本では、庶民には、そうそう食卓にならぶことはないものばかりです。人間の作り出した豊かさと神の豊かさは、異なることが分かります。

創世記1章31節

2018年8月8日水曜日

弱い時にこそ




深夜から朝までのフライト、寒く乾燥した機内、長時間の移動。

病気になる要因はいくつでもあります。
しかし、僕が健康でも病気でも、神様のことばは変わりません。

自分が、弱い時にこそ神様の強さが現されます。
そのことを一度も、疑ったことがありません。
そして、その結果に、失望したこともありません。

コリント人への手紙第二12章9節

2018年8月5日日曜日

一匹の羊




たった一匹の羊のために、九十九匹を置いてでも探しに行く。それが、羊飼いであるイエス様の心です。今日、成功とは、多くの群衆の前で語ることと勘違いしている牧師はいないでしょうか?

真のキリスト者は、一万人の前でも、一人の前でも、同じ心で福音を語ります。

ルカの福音書15章4~7節