2012年10月27日土曜日

虚偽の発表~その結末


ips細胞開発により、山中氏がノーベル賞を受賞しました。

その直後、世間を騒がせたあの出来事がありました。

その結末は、10月19日、東京大学から森口氏を懲戒解雇する発表がなされました。大学の名誉や信用を著しく傷つけたという理由でした。

 

では、進化論という仮説に関してはどうでしょうか?

1912年イギリスで発見されたピルトダウン人は、悪質な加工が加えられた虚偽の発見であることが判明しましたが、責任を負う人は存在しません。1889年のジャワ原人や、ラマピテクス、オルス人、有名なアウストラロピテクスのルーシーなど数え切れないほど、虚偽の証拠が発表されています。

ある人は、誤りであり虚偽ではないと言うでしょうが、それでは、なぜ誤りであったことを公に発表しないのでしょうか。それどころか、誤った根拠をもとに新たな仮説を展開し、あたかも科学のように見せかけるのは、意図的な虚偽としか言いようがありません。

 

人類にとって素晴らしい発見があり、また、偽りも多くあります。

真のキリスト者には、惑わしや流行に影響されない秘訣があります。

それは、この全宇宙は創造主による作品(被造物)であるという真理に立つことです。

 

ローマ人への手紙1章25節

2012年10月17日水曜日

聖霊に満たされる

聖書の時代にはなく、現代の教会にあるものは多いでしょう。

三角屋根に立つ十字架のモチーフ、神父のガウンや牧師のネクタイ、クリスチャンの礼拝用の不動産など、挙げればきりがありません。

これらは、罪ではありませんし、便利で良いものもあるでしょう。
また、66巻が一冊に印刷された聖書が存在する、素晴らしい時代でもあります。

 しかし、新約聖書の時代にはあって、今日の教会が失ったものがあるとすれば、それは重大な問題です。

 

迫害にも負けない主キリストへの信仰。

聖書を持てないがゆえの、みことばに対する飢え渇き。

キリストの証人になるために不可欠な聖霊の満たし。

これらをお金、高度な神学書、先進の心理学で得ることは、不可能です。

 

これらは、むしろ、貧困や差別・迫害が絶えない国でキリスト者の内に維持されています。

イエス・キリストは昨日も、今日も永遠に変わることがなく、真の弟子が聖霊に満たされることも変わることがありません。

使徒の働き7章54~56節

2012年10月13日土曜日

弱いときにこそ


人生の中で自分の弱さを感じることがあります。

それは、試練、困難、迫害、病気など人によって様々でしょう。

 
そんな時、人(あるいは自分)の力に頼るならば、失望に終わってしまいます。
自分を正当化することや、やせ我慢することもできるでしょう。

しかし、発熱し、くしゃみが止まらないのに、「自分は健康だ!」と言うのは滑稽なことです。

パウロは、自分の弱さのうちにこそ、キリストの力を体験できると語ります。
サウロ時代の特権も、使徒と召された後の力でもなく、(自身の)弱さを誇る信仰へと変えられたのです。

 
真のキリスト者は、弱いときにこそ、主により頼む生き方をします。
その時に、全能者の力強さ、神の恵みを体験するのです。

 
コリント人への手紙第二12章9~10節