2010年6月3日木曜日
羊飼いの声
まだ幼いころのことですが、犬を飼っていました。
いつもは雑種を外で飼っていたのですが、一度だけ、血統書付きのヨークシャテリアを育てたことがあります。
名前はミミと呼びました。
当時住んでいた家は、目の前が共同駐車場なので、近所の人も車を止めていました。
ところが、ミミは母親の車が駐車場に着くと、尻尾を振って玄関に行きます。
この犬は小さかったので、窓から外を見ることができないのですが、数ある車が出入りするなかで、母親の帰宅が分かるのです。
なぜ、ミミは母と他の車を識別できるのでしょう。
我が家では、犬に食事を与え、世話をするのは、母の役目でした。
間違いなく母親に一番なついていました。
おそらく、いつも母親の帰りを楽しみにし、「早く帰らないかなあ。今日はどんなご飯なんだろう。いっぱい顔をなめて甘えたい。」と考えていたことでしょう。
人は、犬よりも優れた存在です。
創造主なる神の造った被造物で最高傑作です。
イエス様は、わたしの羊はわたしの声を聞き分けると言われました。
クリスチャンが毎日の生活のなかで、絶えずイエス様を想い、意識しているなら、主の御声をはっきりと識別できるようになります。
どんなに魅力的なものが聞こえてくる現代社会であっても、決して、似て非なる声に惑わされることはありません。
主の御声は、誰よりも温かく愛に満ち、何よりも正義と威厳に満ちた声なのです。
ヨハネの福音書10章1~16節
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