2015年3月28日土曜日

主の腕があなたをささえ


イスラム国に殺されたアメリカ人女性ケイラ・ミューラー(26)が、家族に送った手紙が公開されました。

彼女は、虐待される女性やHIV患者などを支援する活動をしていました。
そして、イスラム国に捕らわれ、シリアで18か月拘束されました。

その手紙には、「私は解放交渉を皆さんの義務にしてほしくありません。私のために恐れないで下さい。そして祈り続けて下さい。神の意志により、私たちはすぐに再会できるでしょう。」と書かれていました。この状況で、恐れないで下さいと語れるとは、何という信仰でしょう。

また、家族には、「結局、一番最後まで自分と共にいてくれるのは、神様だけだとお母さんがいつも言っていたことを思い出します。あらゆる意味で私は、創造主に自分自身をゆだねるところまで実際に来てしまいました。本当に誰もいないからです。急降下するような状況の中でも神様によって、みんなの祈りによって、私は優しく抱かれているように感じています。」と綴られています。

彼女は、最後の時まで、主に抱かれ、ささえられて天国に旅たちました。
ステパノや多くの殉教者たちと同じように。


申命記33章27節

2015年3月14日土曜日

第三の人生


吉田ご夫婦は、妻と同じく函館シオン教会出身です。
函館では、飲食店の運営を任されていました。

しかし、仕事を辞め、石狩にある聖書学院に入学されます。その後、聖書学院(CFNJ)のスタッフとして、学生寮の管理と食事の準備を13年間勤めました。
この学院と学生を支え、助け続けて来ました。その間、10年前にご主人が手術を、5年前に奥様が入院と、大変な時期がありましたが、忠実に仕え続けて来ました。

そして、この3月に学院を退職され、ご夫婦で関東に移住します。
これからも、主の導きに従う第三の人生のスタートと言えます。

どこに行っても、多くの証人たちが、雲のようにこのご夫婦を取り巻いて下さるでしょう。

へブル人の手紙12章13節

2015年3月9日月曜日

目を輝かせる蜜


クリスチャンビジネスマンの水野さんは、マラウィ共和国の蜂蜜をフェアトレードしています。
この国はとても貧しく、女の子は山羊一頭と引き換えられるほどです。
蜂蜜を作る習慣の無いこの国で、マンゴーの花から天然蜂蜜を生産したのが、マラウィハニーです。

ヨナタンが戦場で疲労困憊していた時、蜂蜜を口にして、目が輝いた体験をしています。

マラウィハニーは、まさしく、目を輝かせてくれました。

この蜜を生産し、その収益で多くの児童が中学校に通うことができました。
また、生活に困窮していた水野さんは、主によってビジネスが祝福される体験をします。自分は長年眠ったクリスチャンだったが、主が目を覚まして下さったと、彼は語ります。

私たちも、長年の習慣や様々な疲労により、勝利から程遠い生活をしていないでしょうか?
主は、そのような人生に蜂蜜を与えて下さいます。
そして、主の愛は、その蜜よりも甘いのです。


サムエル記第一14章27節

2015年3月7日土曜日

自然界のうめき


新千歳空港で大雪による欠航が1月に1083便と過去最多となりました。
その一方で、2月に開催された札幌雪まつりは、春並みの気温で倒壊の恐れがあり、大雪像を取り壊しました。

自然のサイクルがくずれ、極端な天候が繰り返されています。

創造の初めは、全てが良かったとあります。主が創造された世界は、全てにおいて最善であり、バランスが取れていました。
しかし、人が罪を犯した時、神中心だった世界が、人中心へと変わってしまいます。そして、全地に人が拡がった時、自然界のバランスが崩れていきます。
一度崩れたバランスは、何もせずに元には戻りません。むしろ、時間とともにさらに大きく崩れていきます。

聖書には、被造物全体も、滅びの束縛から解放されるのを待ち続けていると書かれています。
それは、うめきと産みの苦しみと表現されています。
主が再び来られる時、救われるのは人だけではなく、天も地も新しくされるのです。

マラナタ!主よ、あなたを待っています。


ローマ人への手紙8章21~22節

2015年2月17日火曜日

ナッツ・リターンの結末


2月12日、ソウル西部地裁は、大韓航空前副社長に懲役一年の実刑判決を下しました。
ファーストクラスのナッツを袋のまま出したことに激怒し、航路を変更させたうえに業務妨害も認定された結果です。
公判の中で、客室サービスの責任者を罵倒、恫喝し、降機させた様子が明らかになりました。

父親が会長である被告は、自分の考えが法律よりも上にあり、機長よりも権限があると思い込んでいたことが分かります。つまり、善悪の判断基準が自分だということです。

主が人を創造された時、神が正しいと言われることが善であり、神が悪いと言われることが悪でした。しかし、善悪の知識の木から実をとって食べた後、自分の判断が善悪の基準となってしまいました。

しかし、罪を悔い改めた者だけが、神の義と御心に従う生き方をすることが可能なのです。


ローマ人への手紙6章20節

2015年2月13日金曜日

しるし(サイン)


ヨハネの福音書では、しるし(サイン)が何度も出てきます。
それらは、人にとっては奇跡ですが、イエス様の栄光を現すものです。
主は、ただ、奇跡を見せるだけではなく、サインによって栄光を見せたかったのです。

私たちも、人生で奇跡を体験します。その時、神の愛、御力、栄光を見るのです。

また、人の間でも、誕生日に届く花、想いをつづった手紙、バレンタインデーのチョコレート等、目に見えない感謝や愛の心を伝えるサインが交わされます。

今日も主に感謝します。


ヨハネの福音書2章11節


2015年2月10日火曜日

トゥルースとビリーフ


FGBジャパンニュース第179号で、塚本会長がとても大切なことを書かれています。
(*P3 2015年の御言葉)
それは、ビリーフ(正しいと信じられていること、思い込んでいること)とトゥルース(真理)を見分けることについてです。

自分の経験からも言えることですが、クリスチャンや教会が常識だと思い込んでいることには、聖書が教えていないことがあります。
その全てが悪いわけではありませんが、聖書が何と言っているかが、最優先なはずです。
人の伝統や習慣、あるいは時代の風潮と、聖書が語っている真理を同列には出来ません。

もし、(自分の)ビリーフだけで生きているなら、「自分の主は、自分だ」と語っているのと同じことになります。
パウロは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうため、気ままな願いをもって、真理から耳をそむけると警告しています。(第二テモテ4:3~4)

真のキリスト者は、真理に固く立ち、イエス様を主とする生き方を選びます。
困難もありますが、その時にこそ、聖霊様が助け主であることを体験するでしょう。


ペテロの手紙第二 1章12節