2017年3月27日月曜日
向こう岸に渡る
インドネシアでの出来事です。
二つの川を歩いて渡りました。(途中でサンダルが流されました)
その後、密林と泥地を進みました。
そして、人里離れた奥地に教会がありました。
建物は大きくはなかったのですが、外にテントを2枚張りました。
賛美が捧げられ、神の臨在が流れるように溢れました。
礼拝した人々は、喜びの油に満たされました。
日本人が初めて足を踏み入れた密林にも、神の栄光が現されました。
新約の時代、イエス様とともに水を渡った弟子たちに何が待っていたのでしょう。
激しい風がふきました。水をかぶり、おぼれそうなほどでした。
向こう岸に着き、待っていたのは、汚れた霊につかれた人でした
しかし、そこで神の御力が現されました。
今日も、イエス様が弟子たちに語ります。
「さあ、向こう岸へ渡ろう」
マルコの福音書4章35節
2017年3月23日木曜日
2017年3月17日金曜日
蒔くことと刈ること
銃撃されても弾丸を貫通させないというサングラスでしたが、レンズは頑丈でも、フレームは何もしていないにも拘らず、壊れました。
論理上はよくても、安物のサングラスより早く使えなくなりました。クリスチャンの神学にあてはめて考えてみましょう。聖書に書かれている目的を果たせないなら、これも同様です。(もちろん、実行することを重んじる聖書学校もありますが)
努力をし、立派な学位を得たとしても、それで主のみこころがなされたわけではありません。
神の国は、ことばではなく力にあるからです。
種をまくのも、収穫するのも、室内ではなく畑だと聖書は語っています。
畑に出て、実際に収穫する働き人こそが、今日、求められているのです。
ヨハネの福音書4章35~36節
2017年3月13日月曜日
証となる生き方
ヒット曲「我が良き友よ」で知られたミュージシャン、ムッシュかまやつさんの葬儀が3月6日に都内の教会で行われました。
同じ日に、フォークシンガーの吉田拓郎さんが、公式サイトに「我が良き友よ」と題する文章を公開しました。以下がその内容です。
教会での葬儀に参列してきた
賛美歌を歌いながら
心が激しく揺れた
隣のユーミンも同じだったようだ
外は雨が降っていた
泣いてるんだなと思った。
どのような信仰であったかは知る由もありませんが、教会員だったそうです。
惜しいことは、多くのファンでさえも、彼の信仰を知らなかったことです。
キリスト者は、信じていること、口から出ることば、その生き方が一致していることによって証をすることができます。
他者を批判する必要はありませんが、自分自身をかえりみることが大切です。
申命記30章14節
2017年3月8日水曜日
情報操作~カルトの手法
カルト団体がターゲットにしているのは、一度も聖書を読んだことがないか、何が書いてあるのか理解していない人たちです。教祖のチョンミョンソクは、2009年に懲役10年の実刑判決を受けて服役中です。しかし、彼らのホームページには、「JMS鄭明析総裁事件、すべて嫌疑なしで終結」などという記事が書かれています。
これは、意図的な情報操作が行われているカルトの特徴です。教祖や組織のためにつく嘘は、嘘ではないと教育されているからです。(摂理人は、はかりごとと言います)
教祖が出所する日が近づいているため、日本では脱会者や不活発になった元メンバーに、様々な方法でコンタクトをとっています。
アイデンティティ・クライシス真っ最中の人は、カルト体験にしか自分の価値を探せない危険性があります。
真の神は偽りの証言を憎みますが、罪人を憐れみ、救いの御手を伸ばされます。
出エジプト記20章16節
2017年3月5日日曜日
2017年3月1日水曜日
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