聖書の時代にはなく、現代の教会にあるものは多いでしょう。
しかし、新約聖書の時代にはあって、今日の教会が失ったものがあるとすれば、それは重大な問題です。
三角屋根に立つ十字架のモチーフ、神父のガウンや牧師のネクタイ、クリスチャンの礼拝用の不動産など、挙げればきりがありません。
これらは、罪ではありませんし、便利で良いものもあるでしょう。
また、66巻が一冊に印刷された聖書が存在する、素晴らしい時代でもあります。
迫害にも負けない主キリストへの信仰。
聖書を持てないがゆえの、みことばに対する飢え渇き。
キリストの証人になるために不可欠な聖霊の満たし。
これらをお金、高度な神学書、先進の心理学で得ることは、不可能です。
これらは、むしろ、貧困や差別・迫害が絶えない国でキリスト者の内に維持されています。
イエス・キリストは昨日も、今日も永遠に変わることがなく、真の弟子が聖霊に満たされることも変わることがありません。
使徒の働き7章54~56節
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